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シベリアの村々との交流

旧ソ連、モンゴルの各地と日本の市長村の姉妹都市、友好都市交流は、いくつかを数えることができる。そのうち抑留者の収容地もあるが、多くの収容所があった地域は辺鄙な村々であり、ロシアの中でも発展から見放されている。

ソ連がペレストロイカにより鉄のカーテンを開いて後、ようやく日本人が抑留の地を訪ねてる慰霊の旅を行うことができるようになった。

爾来やがて30年にわたって、抑留者や遺族がロシアの辺境の村を訪れ、林を分け入って墓参、慰霊をしてきたのです。

この間に小さな村々と、村長さんや校長さん、老人から子供まで、長きにわたって交流がつみ重ねられています。

村人は、日本人墓地をきれいにして、静かに我々を迎えてくれています。我々もまた、村の戦没者慰霊碑にお参りしてきました。学校や村役場での交流も積み重ねてきました。

抑留者の関係者に限らず、多くの日本人にこのことを知っていただきたい。また、歴史の証言に触れていただきたい。そんな思いでいます。

私たちの願いは、こうした草の根の交流から相互理解を重ね、その先にロシアと日本に新時代がやって来ることです。